企業体質の表裏

どこにでもある問題であり、潜在的に予測できる

若者応援企業として銘打っている企業に就職することが出来れば安泰だ、そう考えていた人もいるだろう。実際にこの制度を通じて企業に就職した人で、もちろん中には素晴らしい職場とめぐり合うことが出来た新入社員もいるはずだ。その人達はとにかく運がよかったということに尽きる、そして訴訟を起こした女性はこう告げるのは人道的に良くないと取られるかもしれないが、運がなかったと表現することも出来る。企業体質の是非を問うには結局自分で決めることになる。例え若者応援企業として定められたとしても、今回の事件で提出された労働環境が実際に大きく異なっている事が証明された今、就職希望の人間が選択するための手段を手放さない勇気を持ち続ける事も大事だということだ。

この事件でも未経験の人間にシステムエンジニアの仕事を研修だけしただけの素人同然にいきなり任せる時点で、采配を間違えているとしか言いようがない。おまけに研修だけすれば技術を習得することが出来ると思っているのも不可思議だ、そして何より270時間の研修に休みが1日しか取得できなかった中での賃金は未払いという、どう考えても法令違反であり、どこが若者応援企業たるのかとあきれ返ってしまう。これは企業としてもだが、いかに厚生労働省内部の人間は怠惰な仕事をしていたのかも証明した。そこをもはや期待するところではないという人もいるだろうが、そういう問題でもないと筆者は考えている。

この問題によって若者応援企業などというブランドの礎に亀裂が走り、もはや騙されないとして更に不信を招いてしまったのは企業としても、厚生労働省としても同罪だ。それまでこの制度を用いて仕事を探そうと一念発起した人間のやる気を根こそぎ奪うことになった事件などと揶揄されても文句は言えないだろう。だがこれは安易に予測できたと捉える事もできる。そしてこの問題が出たことで現在の日本社会で活動している企業の内部で、何が起こっているのかが把握できる。

みなし残業という問題

この事件では最近巷でも話題になっているある1つの問題を考えることが出来る、それは研修期間朱領後に派遣された女性が得ていた収入において、残業代が正当に支払われていなかったという問題だ。研修後に待っていたのは月200時間もの残業だったが、それだけ働いたにも関わらず残業代は一定額しか支給されなかったという。これについて企業側の見解は『みなし残業』という風に呼称し、固定給の中で一定額までの残業代を含めた月給を与えるという風にしているところが多く見られる。

そこまでは良い、だがそれはあくまで『一定時間の残業を含めた場合』に限ってのことだ。仕事をしていれば繁忙期などの兼ね合いでどうしても毎日労働量は異なってしまうものだ。そうなると日によって残業する時間が異なるのは道理で、毎日同じ時間だけ残業するとは限らない。そうなると固定給の中で定められている残業時間を超過するなどたやすい、そしてこの超過した残業代は『支払わなければならない』という事実を、企業が良い様に捏造して作られたのがこのみなし残業という言葉だ。

固定給の中に残業代込みで、というもので把握していなかったから提示で上っていたら給与が少なかったという問題も起きているが、この残業代支給を名目だけでごまかして喪屋を掛けて本質を見えなくした企業としてのやり口は実に巧妙だ。当然法律に詳しい人間が一言助言をしていなければ、中々みなし残業という言葉を取り入れることもないだろう。またこのみなし労働という言葉をあたかも当然のように利用しているが、これは法律上で明確に定められているものではなく、そもそも法律上における残業代の支給には二通り用意されていない。

  • 残業代を実際の残業時間より多めに定額で支給する
  • 労働時間を一定の時間に見なして、残業代支給を是非を問う

というものだ。下記の言葉は解釈によって、いくら残業をしてもある一定の時間までしか支給できないという風に意図して捕らえる事が可能なので表記の仕方に問題はあるのかもしれない。事実、本来なら残業代が出ているにも関わらず、こうした盲点を取って自分達の言いように企業の労務を策定している状況は由々しき問題だと言える。女性の200時間のみなし残業もそうだ、彼女の場合もそれに見合うだけの給与がもらえるか、もしくは毎月労働時間を一定にしてそれ以上の仕事をしない、というのが正しくあるべき仕事だった。

それが出来ない企業に就職してしまったことで再度離職することになり、障害を克服するまでの期間を過ごさなければならなくなったことについては、同情を示すしかないだろう。

残業という概念は存在しない

日本の労働を含めた法律がいかに穴だらけなのかが理解できるが、それ以上に残業という仕事の概念自体が明文化されていないので、それも問題なのかもしれない。ただ今の日本における労働環境では、どう考えても捌ききれない仕事量をこなさなければならない問題を抱えている。それがあたかも当然のようにシステム化されており、ある一定の期間までにこなさなければならないという風に考えている人がいると、それに応じて社員も無理を押して仕事をしなければならない。筆者も一時期そんな時期があった、しかし仕事をしている中でどうしても作業が積もりに募ってしまってどう考えても一日では片付かないという場面に直面したものだ。

無理を押して仕事を習得することで売上に貢献する、これも大事なことだ。だがそれ以上に働いている自分が継続して、今後も仕事が続けられるかどうかというのを冷静になって考える必要がある。そこでこれ以上は無理だと判断して、休むことも選ばなければならない。この女性も自分がいけないんだと自己暗示の如く仕事に捉われてしまって、自分の限界を見誤ってしまったからこそこのような状況に陥ってしまったのかもしれない。だが実際に企業に就職しないと本質など見極める事は不可能だ、その後就職して勤めていく中で腑に落ちないような事態に見舞われたら、自分から身を引くことも非常に重要なことだ。自分を酷使させて使い捨てるような企業に就職するだけの生活にだけはならないようにすることは、労働者としてのあるべき姿だろう。

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